おすすめドキュメンタリー:「血筋」2020年

映画、ドキュメンタリー

 こんにちは。今回は、Amazonプライムで視聴した「血筋」というドキュメンタリー映画について紹介したいと思います。

 このドキュメンタリーを制作した監督、角田龍一さんは、中国吉林省の延吉という地域に暮らす中国朝鮮族出身で10歳まで、延吉の祖父母の元で育てられましたが、日本へ出稼ぎに行っていた母親の再婚をきっかけに、日本で暮らすようになりました。

 日本で大学に通う角田さん(韓国名はソンウ)は、大学在学中に、家族を題材にしたこのドキュメンタリー映画「血筋」の制作に取り掛かりました。

 そこで、18年間会っていない父親を探すのですが、延吉の父親の兄(サンウの叔父)に連絡を取るとあっさりと父親の居場所がわかり、韓国にいるという父親を訪ねました。


 映画の冒頭は、中国の祖父母と叔父が暮らす延吉を訪ねるところからはじまるのですが、今の中国の発展からは取り残された中国の田舎の風景に、「1990年代くらいのドキュメンタリーなのか?」と錯覚してしまいそうになりました。

 年老いていく祖父母のことはやっかいになりつつも、育ててくれたことへの感謝もあり放っておくことはできません。

 韓国人の中にある儒教的な「目上の人を敬う」という教えは、親子関係でも強く、どんな親でも、親がいなかったら自分が存在しないのだから絶対的な存在なのだと、至る所で聞かされます。

 食堂で、父が息子に酒を注ぐのを見た他の客からも注意を受けるほどです。

 「生まれてきたくて生まれてきたんじゃない」なんて言い分は通用しそうにありません。。。

 そのくせ、中国にいるサンウの祖父母は、年老いて体が思うように動かないのに、子供たちは、誰も寄り付こうとしません。

 サンウの叔父は、兄の元妻の兄弟たちは誰も親を振り返らないと非難して、サンウに対して育ててくれた祖父母(叔父にとっては、兄の元義理の両親)に孝行しろと説教します。
 
 儒教の教えというのは、親というものは、自分が親孝行しなくても、子供には、親孝行を強要するものなのでしょうか。

 かつて画家を目指していたというサンウの父は、今や韓国で日雇い労働者となっていました。
 饒舌でこだわりが強くて支配的だけれど、だらしがない人という印象です。

 父と叔父は、兄弟なのだけれど、お互いを良く言うことはありません。

 兄の夢をかなえるために、自分が犠牲になったと語る叔父は、妻子と別れ、自分の人生がうまくいかないことに対して恨み言ばかり言っています。

 夢を見ることは大切だけれど、その前に現実を見ることはもっと大切だと考えさせられる映画でした。

 結局のところ、父にしろ叔父にしろ祖父母にしろ、それぞれが家族の犠牲になったのに、家族は何もしてくれないというのがそれぞれの言い分なわけです。

 うまく機能しない家族はどこにでもあって、家族から離れたところに安住の場を求めたりするのだけれど、そこでも簡単にはいかない社会生活があって、行きつく先は、「自分の出生=家族」という堂々巡りになるのだと思います。

 そもそも「親」や「子供」の資格というものがない以上、どんな条件が必要かは、それぞれの親子で変わってくると思うのです。

 18年離れていて何もしてくれなかったのだから、親として子供に何か言う立場にないと思うのですが、そういう人間としての感覚や感情は、親子という関係性には通用しないとばかりに、「親」としてどうとかいうことは置いといて、「子供」としての立場を強要しているように見えます。
 
 「子供」は「親」に対してこうあるべきという強要です。

 それとも、子供は、親と同じ立場、つまり、子供を持ったときではないと、親に意見する立場にはならないのでしょうか。

 「親子」の問題は、生きている間は答えの出ない問題だと思います。

 監督も、カメラを回していなければ、耐えられなかったであろう場面がいくつもあったと語っているように、親子の問題を抱えている人にとっては、辛い場面がたくさんあるドキュメンタリーです。

 カメラを通してでも、このやっかいな親子関係に対峙するところが「血筋」なのかもしれないですね。



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