実話を元にした映画:韓国映画編①

映画、ドキュメンタリー

 こんにちは。先日、Amazonのプライム会員になっているとPrime Videoが見られるということを始めて知りまして(遅すぎ。。)、韓国のサスペンス映画にはまってしまいました。

 残酷だけれども、ストーリー展開や俳優の名演技で魅入ってしまいます。

 中でも、今回は、実話を元にした映画をご紹介したいと思います。


まずは、韓国の「三大未解決事件」と言われている3つの事件をモチーフにした映画をご紹介していきます。

 韓国では、メディアを利用して、事件を広めることによって事件解決につなげようという意図があり、実話をモチーフにした映画がいくつも作られているようです。

「追憶の殺人」2003年

 2003年に「パラサイト」コンビであるポン・ジュノ監督とソン・ガンホ主演で公開された作品です。

 本作は、1986年から1990年にかけておきた「華城(ファソン)連続殺人事件」を元にしています。

 1980年代後半から1990年にかけては、日本ではバブル経済真っ盛りですが、韓国では、1980年代は民主化運動が国を揺るがす、激動の時代でした。

 この事件が起きたときの韓国は、軍事政権下にありました。

 年齢もバラバラの10人もの女性が連続して殺害され、殺害現場は、畑や用水路や山中などで、雨の日に犯行が行われ、人々を震え上がらせていました。

 160万人もの捜査員が動員されたものの、犯人の特定には至らず、2006年には時効を迎えてしまいますが、2019年イ・チュンジェという男が犯人であると発表されました。

 この男は、1994年に妻の妹を殺害したとして、無期懲役の判決を受け釜山刑務所に服役していて、華城連続殺人事件の現場で採取されたDNAを最新技術で鑑定した結果、この男のDNAと一致したことと、本人の自白により、犯人とされましたが、時効が成立してしまっているため罪には問えないという、なんとも残念な結果になってしまいました。



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「あいつの声」2007年

 「君の誕生日」や「殺人者の記憶法」などのソル・ギョング主演で2007年に公開された「あいつの声」は、300万人以上を動員しました。

 本作は、1991年に起きた「イ・ヒョンホ君誘拐・殺害事件」を元にしており、事件から16年後に公開されました。

 事件発生は、1991年1月29日に、ソウルに住む当時9歳のイ・ヒョンホ君が午後5時頃、自宅近くのアパートで友達と別れて以降行方がわからなくなったことでした。

 心配した両親は、夜になって警察に連絡しますが、午後11時頃、男の声で電話が入り、身代金目的の誘拐ということが判明しました。

 映画では、父親の職業はTVキャスターでしたが、実際のヒョンホ君の父親(当時34歳)は、会社の社長でした。

 犯人は、映画の中でも描かれているように、電話をかけてきては車載電話を用意するよう指示し、約束の場所をその都度変更し、警察の存在に気づくと電話ではなく、約束した場所にメモを張り付け、次の指示を出すという周到さに、家族と捜査員たちは、振り回されることになりました。

 頭が良く、周到な犯人の電話に逆探知は、成功しないし、接触のチャンスも数回ありましたが、犯人は警察の捜査網をいともたやすく潜り抜けてしまいました。

 警察が最後の接触のチャンスを逃した日(2月19日)を最後に、犯人からの連絡は一切途絶えました。

 犯人からの連絡を待つ家族や捜査員たちでしたが、犯人からの連絡はなく、その代わりに漢江の大橋付近の下水道でヒョンホ君が変わり果てた姿で見つかりました。

 遺体が見つかったのは3月13日の昼頃でしたが、解剖の結果、胃には、誘拐当日に友人宅で食べたお昼の食材が残っており、ヒョンホ君は、誘拐直後の20分ほどで殺害されたことが判明しました。

 ここにきて警察は公開捜査に踏み切り、モンタージュ写真や録音に成功した音声を公開し、人々から情報提供を求めましたが、犯人にたどりつくことはできず、2006年に時効となりました(韓国では2015年に殺人罪の時効は廃止されました)。



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「カエル少年失踪殺人事件」2012年

 本作は、1991年3月26日に韓国の大邱(テグ)の小学校に通う9歳~13歳の5人が「オオサンショウウオを捕まえに行く」と近所の山に登っていく姿を最後に消息を絶った事件を元にしています

 タイトルの「カエル少年」とは、当時韓国でカエルが主人公のアニメが流行っており、後に「カエル少年」と呼ばれるようになりました。

 5人の少年たちが突然いなくなるという事態に、警察と軍は延べ50万人を動員し、少年たちの行方を捜しますが、手がかりは何もつかめずにいました。

 そんな警察の捜査に進展がないことにしびれを切らし、全国から寄せられる情報にすがるしかない少年たちの親たちは、全員が仕事を辞め、3年間全国を探し回りました

 事件を全国に知ってもらうために、メディアへの露出もためらわない親たちの姿は、全国の関心ごととなり、子供たちの顔は、全国に知れ渡るようになりましたが、手がかりは全く得られませんでした。

 事件がメディアに取り上げられるようになると、悪質な報道を行う者もあらわれ、その中には、映画でも描かれているように、ある大学教授が失踪した少年たちの一人の親を犯人だと名指し、家の敷地内に遺体を埋めていると提言したため、警察は、その土地を掘り返すということまでしています。

 結局、遺体は出てきませんでしたが、このときの心労で少年の親は、病死してしまいます。

 それから、11年後の2002年9月26日に事件は急展開を迎えます

 警察が捜査したはずの山の中腹から、少年たちの人骨と遺留品が発見されたのです。

 これを受けて警察は、少年たちが山中で道に迷い、凍死したと主張しますが、大学の法医チームの検視の結果、少年たちの頭蓋骨に残る損傷の跡は、転落などで起きるものではなく、他殺によるものだと発表され、世間を驚愕させました。

 この結果を受け、警察は、犯人の捜査を行いますが、犯人にたどりつくことはできず、遺骨発見の4年後の2006年3月に事件は時効を迎えました。



 



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