昭和の事件④:「還らぬ息子 泉へ」
こんにちは。久しぶりに昭和の事件シリーズです。
今回、紹介するのは、昭和54年(1979年)に起こった、有名私立高校(早大学院)に通う16歳の少年が、祖母の命を奪い、自らも命を絶つという壮絶な事件についてです。
しかも、この事件で人の目を引くのが、少年が生前に、新聞社宛に書いた遺書や録音テープなどが残されており、犯行が計画的であったこと(後に、遺書は、各新聞社には送られていなかったことなどから、偶発的な犯行であったとの見方もあります)と、少年が学者の祖父や父親、シナリオライターの母親という世に名前が知れた(その分野の人たちにとってはかなり有名)一家の出だったということでした。
この事件の2年前には、開成高校生絞殺事件が起こっており、受験戦争やエリート学生たちの苦悩や家族問題などが連日、マスコミで論じられました。
今回、この事件について少年の母親である朝倉和泉さん(本名は、朝倉千筆さんですが、息子の泉さんの名前である泉を和泉に変えて、ペンネームにしています)が息子の泉さんに宛てた手紙という形式で書いた小説「還らぬ息子 泉へ」(中公文庫 1980年)を元に事件の背景を探っていこうと思います。